長崎地方裁判所 平成3年(行ウ)4号 判決 1992年12月22日
原告 有限会社永田栄作商店
被告 佐世保公共職業安定所長
代理人 松本清隆 松本和子 前田信孝 松下文俊 藤山雄二 ほか四名
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が平成三年三月二九日原告に対してなした、地域雇用奨励金受給資格決定を取り消す。
2 被告が右同日原告に対してなした、地域雇用特別奨励金受給資格決定を取り消す。
3 被告が右同日原告に対してなした、地域雇用特別奨励金支給決定(平成元年三月七日付け支給申請に対するもの)を取り消す。
4 被告が右同日原告に対してなした、地域雇用特別奨励金支給決定(平成二年三月二二日付け支給申請に対するもの)を取り消す。
5 被告が右同日原告に対してなした、地域雇用特別奨励金支給決定(平成三年三月二九日付け支給申請に対するもの)を取り消す。
6 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案に対する答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、地域雇用開発等促進法(以下「地域法」という。)に基づき、同法に定める労働大臣の権限の一部を委任され、その権限を行うものである。
2 雇用保険法、地域法、雇用保険法施行規則等に基づく地域雇用特別奨励金(以下「特別奨励金」という。また、地域雇用奨励金を「奨励金」という。)の支給要件、支給金額等は、右規則及び労働省職業安定局発の「地域雇用開発助成金支給要領」と題する通達(以下「要領」という。)に規定があり、原告が本件各申請を提出した当時の要領の規定の概略は次のとおりである。
(一) 支給要件
(1) 雇用保険の適用事業の事業主であること。
(2) 地域法に規定する雇用開発促進地域において、事業所の事業の用に供する施設又は設備の新設、増設、購入又は賃借(その費用の合計額が五〇〇万円以上のものに限る。)を行う事業主であること。
(3) 当該事業所の設置・整備に伴い、一定の要件に該当する求職者を、公共安定職業所(以下「安定所」という。)の紹介により、常用労働者として雇い入れた事業主であること。
(4) 当該事業所の操業開始日の前二年間に操業開始日を有する事業所の設置・整備を行い、地域雇用開発助成金の支給を受けているものでないこと。
(5) 国又は地方公共団体でないこと。
(6) (1)から(5)までの各要件に該当し、奨励金の受給資格決定を受けた事業主のうち、「事業所設置・整備及び雇入れ計画書」(以下「計画書」という。)を管轄安定所の長に提出した日(当該計画書を操業開始日の前日から起算して一二か月前の日より前に提出した場合にあっては、当該操業開始日から起算して一二か月前の日。以下「計画提出日」という。)から事業所設置・整備及び雇入れ完了届(以下「完了届」という。)提出日までに行った事業所の設置・整備に要した費用(以下「費用」という。)の合計額が五〇〇万円以上であって、これに伴い地域求職者等を五人(小規模企業事業主にあっては三人)以上安定所等の紹介により雇い入れたものであること。
(二) 支給金額
小規模企業事業主において、雇入れ労働者数が三人から九人の場合には、提出日を第一回とし、以下一年ごとに計三回、事業所の設置・整備に要した費用の金額が五〇〇万円以上一〇〇〇万円の場合各五〇万円、一〇〇〇万円以上二〇〇〇万円未満の場合各一〇〇万円、二〇〇〇万円以上五〇〇〇万円未満の場合各二〇〇万円を支給する。
3(一) 原告は、昭和六三年二月中旬ころまでに、永田産業株式会社との間において、雇用開発促進地域に指定されている佐世保市上京町三番一九号の本件店舗の賃貸借に関して、賃料を一か月一五万円とすること、賃料は開店のときから支払うこと、賃貸借開始前においても内装工事等に着工してよいこと等の合意をした。
(二) 原告は、昭和六三年三月初旬ころ、右会社から本件店舗の鍵を預かって本格的な準備にとりかかり、同月一〇日から順次工事業者に依頼して、本件店舗の内装工事等を行い、合計一二二七万円を支払った。
(三) 原告は、昭和六三年三月下旬ころ、前記永田産業との間において、本件店舗の賃貸借契約書を取り交わし、かつ、賃料は同年四月分から支払う旨合意した。
(四) 原告は、昭和六三年四月八日、本件店舗において、メガネ、光学機器、時計の販売等の事業を開始した。
(五) 原告は、昭和六三年四月二六日、前記永田産業に対し、本件店舗の賃料として一五万円を支払い、以後平成三年三月分まで三年間に支払った賃料の合計は五四〇万円である。
(六) 原告は、昭和六三年六月から同年一一月にかけて、各業者との間において、光学機器及び自動車のリース契約を締結したが、その契約金額は、合計四四四万一九五〇円である。
4(一) 原告は、昭和六三年二月九日、被告に対し、計画書を提出した。なお、原告は、右計画書に係る事業所の設置・整備に係る操業開始日の前二年間に操業開始日を有する事業所の設置・整備を行い、助成金の支給を受けているものではない。
(二) 原告は、平成元年三月七日、被告に対し、完了届、特別奨励金受給資格決定申請書、特別奨励金支給申請書(初回申請用)等を提出し、操業開始日は平成元年二月二六日であること、費用は3(二)、(五)及び(六)記載の合計金額であること、安定所の紹介により地域求職者三人を雇い入れたことを申告した。また、原告は、平成二年三月二二日及び平成三年三月二九日、被告に対し、第二回及び第三回申請用の特別奨励金支給申請書を提出した。
(三) 被告は、平成元年九月一二日、3(五)及び(六)のみ費用として認定して奨励金受給資格決定をし、平成元年一〇月一一日、費用につき同様の認定をして、特別奨励金受給資格決定及び特別奨励金支給決定をしたため、一回の支給金額は五〇万円となった。
(四) 原告は、平成元年一一月一七日、長崎県知事に対し、(三)の決定を不服としてこれらの取消しを求めて審査請求を申し立てたところ、知事は、平成二年一二月一七日、3(二)も費用に含めるべきものと判断して右各決定を取り消す旨の裁決をした。
(五) 被告は、平成三年三月二九日、原告に対し、改めて請求の趣旨記載の各決定をしたが、右各決定においては、費用として3(二)及び(六)のみ認定し、3(五)は費用から除外した。
5 3(五)は、原告は本件店舗で本件営業を行うために支出した費用である。また、要領には、「新設、増設、購入または賃借に係る不動産、動産等の引渡日をもって当該設置・整備のあった日とするので、契約締結日や代金支払日が計画提出日から起算日の前日までの間になくても当該事業所の設置・整備に要した費用に含めて差し支えない。」とされているところ、ここでいう引渡日とは、本件事案においては賃料の支払債務が具体的に発生した昭和六三年四月八日と解するべきである。仮にこの考え方を採れないとしても、引渡日とは賃借人による現実の占有・管理の状態が始まったときと考えるべきであるから、本件店舗の鍵を預かった昭和六三年三月初旬ころと解するべきである。したがって、本件店舗の引渡しは、計画提出日から完了届提出日までの間になされたものであるから、費用と認められるべきであるのに、この点を看過して費用から除外した本件各決定は違法である。
6 よって、原告は、被告に対し、本件各決定の取消しを求める。
二 被告の本案前の主張
1 一般に補助金の支給は、いわゆる給付行政であって、国と国民との間の贈与契約であると観念されるものであるから、行政主体において必ずしも法律上の根拠なくして行うことができる。したがって、補助金の支給あるいはそれに関する行政主体の意思の表明が、抗告訴訟の対象となりうる処分性を有するためには、当該行為の根拠とされる法律により、あらかじめ国民の補助金受給権が与えられており、行政主体において補助金を支給しない旨決定することが、この補助金受給権を侵害すると認められる場合に限られるべきである。
2 本件奨励金及び特別奨励金(以下合わせて「各助成金」という。)については、各助成金を支給すること、その受給手続、受給資格者の範囲、給付の具体的内容等は、施行規則及び要領によって規定されており、しかも、右規則の規定は法律の委任によるものではなく創設的なものであるから、本件各助成金の支給は法律上の根拠に基づくものとはいえない。
3 本件各助成金は、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」という。)にいう補助金に該当しない。
4 したがって、本件各決定は、行訴法三条二項にいう処分にあたらないから、本件訴えは不適法である。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2は認める。
2 同3はいずれも不知。
3 同4はいずれも認める。
4 同5のうち、要領の規定内容については認め、その余は争う。
なお、当初原告が提出した申請書には、本件店舗の引渡日は昭和六三年四月八日とする資料が添付されており、これに基づいて受給資格決定及び支給決定をしたところ、審査請求の審理の過程において、原告は右引渡日を右月日と判断したのは誤りであると主張し、原告代表者らが審尋において、引渡日は二月中旬とあると陳述した結果、長崎県知事の裁決においては、右引渡日を同年二月中旬と認定したものである。このように、原告の主張どおりに引渡日を認定したにもかかわらず、本件訴訟においてこれと異なる主張をするのは禁反言の法理に反し許されない。また、本件各決定は、引渡日を同年二月中旬と認定してなされた右知事の裁決に従ってなされたものであり、しかも、被告は、右裁決に拘束されるものであるから、本件各決定は適法である。
5 同6は争う。
四 被告の本案前の主張に対する原告の反論
1 本件各決定が行政処分にあたるか否かを判断するにあたっても、単にその規定が法律又はその明示的委任を受けた下位規範を根拠としているか、それとも通達のみを根拠としているかというような形式的な点だけで決するべきものではなく、本件各助成金制度の総体について、その制度の趣旨、目的を探り、本件要領に定められた規定の内容と行政実務における取扱いの実情をも参酌して判断すべきであり、その結果行政庁の行為によって関係者の法的地位に直接具体的な変動を及ぼすと考えられる場合には、当該行為は行政処分としての性質を有するものである。本件各助成金は、以下の事実を総合すると、申請人の権利の有無を直接に形成する行為であって、行政処分としての性質を有することは明らかである。
2 本件各助成金制度は、雇用開発促進地域内における事業主の新規開業行為等に対して一定の助成を行うことにより、事業主の投資意欲を刺激し、これによって右地域内の労働者の雇用機会の増大を図り、もって労働者の雇用の安定を目的とするものであって、極めて公益性の高い制度である。
3 地域法は、政府に対し、雇用改善事業としての助成及び援助を義務付けており、これを受けて、政府は、本件各助成金の種類、支給要件、支給金額等の具体的な内容を施行規則及び要領で定めたものであるから、本件各助成金制度を設けること及びこの制度に従って助成金を支給することは、法律による義務付けに従ってなされるものであって、行政主体がその裁量によって任意に行う給付行政とは性質を異にする。
4 本件各助成金のいずれについても、支給要領の定める要件を満たした申請に対しては、受給資格決定、支給決定という各手段を踏んだうえ、必ず申請人に助成金を支給すべきこととされており、裁量の余地はなく、現実にも、被告は、要件を満たした申請に対しては必ず本件各助成金を支給するという取扱いを反復継続して行っている。
5 規則及び要領の内容は、一般的に公表されている。
6 要領は、不支給決定については、申請人に通知するとともに、不支給決定処分に不服がある場合には行政不服審査法に基づく審査請求を行うことができる旨教示するべき旨定めており、本件各助成金の支給・不支給決定が行政不服審査法の対象となることを当然の前提としている。
第三証拠<略>
理由
一 本件訴えの適否について検討する。
1 本件各助成金は、雇用保険法及び地域雇用開発等促進法においては「必要な助成及び援助」とのみ規定されており、また、およそ予算上は、「雇用改善等給付金」(昭和六三年度)あるいは「雇用安定等給付金」(平成元年度)という目に含まれているから、補助金適正化法の適用があるものとは認められない。
2 行訴法三条二項二にいう「処分」とは、一般に、行政庁がその優越的地位に基づき公権力を発動して私人の権利、自由を制限し、義務を課するような性質のものであると解されるところ、本件の助成金支給のようないわゆる給付行政は、本来、資金の交付を受けたいという私人の申込みに対する承諾という契約的な性質を有する非権力的なものであって、原則として処分性を有するものではないと解される。しかし、本来的には非権力的な行為であっても、大量に発生する法律関係を明確にし、統一を保った処理を図る等の目的のために、立法政策として、法律等が、給付金の交付申請に対して行政庁が交付決定をするという手続を定め、右決定に対する不服申立手続を設けるなど、特に給付金の交付決定に処分性を与えたものと認められる場合には、右交付決定は行訴法三条二項にいう「処分」に当たるものというべきである。ただし、このように本来非権力的な行為を行政処分として構成するためには、補助金適正化法の適用のないものについては、当然法律あるいは条例等法律に準じるものとされているものに根拠を有することが必要であって、行政庁が自らの内部規律として定めた規則及び通達等は、それが法律等の委任を受けたものでない限り、これらによって、本来非権力的な行為に処分性を付与し得るものではないと解するのが相当である。
3 そこで、本件各助成金について、法律等にどのような規定がなされているかが問題となる。
<証拠略>によれば、次のとおり認めることができる(条文は、いずれも昭和六三年当時のもの)。
(一) 地域法は、雇用開発促進地域内等に居住する労働者等に関し、地域雇用開発のための措置又は失業の予防、再就職の促進等のための特別の措置を講じ、もってこれらの者の職業及び生活の安定に資することを目的とする(一条)ものであり、政府は、雇用開発促進地域内において事業所を設置し、又は整備して雇用開発促進地域求職者を雇い入れる事業主に対して、雇用保険法六二条の雇用改善事業として、必要な助成及び援助を行うものとすること、また、助成及び援助を行うに当たっては、雇用開発促進地域内に事業所を有する法人で、労働省令で定める基準に照らして当該事業所の行う事業が当該雇用開発促進地域の地域雇用開発に特に資すると認められるものについて、特別の措置を講じるものとすること(八条一、二項)と定めている。また、雇用保険法は、求職活動を容易にする等労働者の就職を促進し、あわせて労働者の職業の安定に資するため、雇用機会の増大、雇用構造の改善等労働者の福祉の増進を図ることを目的とする(一条)ものであり、政府は、雇用改善事業として、事業主に対して雇用機会を増大させる必要がある地域への事業所の移転による雇用機会の増大等地域的な雇用構造の改善を図るために必要な助成及び援助を行うことができる旨(六二条一項二号)、その事業の実施に関して必要な基準は、労働省令で定める旨(同条二項)定めている。しかし、いずれの法律においても、雇用開発あるいは雇用改善事業の助成及び援助についてこれ以上の規定はなく、その内容等について具体的、個別的な規定は置かれていない。
(二) 雇用保険法施行規則は、前記雇用保険法六二条一項二号に掲げる事業として、地域雇用開発助成金及び通年雇用奨励金を支給するものとし(一〇六条)、地域雇用開発助成金は、地域雇用奨励金、地域雇用特別奨励金及び地域雇用移転奨励金とし(一〇七条一項)、奨励金の受給資格者及びその金額(同条二項)並びに特別奨励金の受給資格者を定めている。
(三) 要領は、特別奨励金の支給金額、各助成金支給の具体的手続、即ち、事業者からの申請に基づき受給資格決定をした上、更に支給の申請に基づき支給決定をすること、これらの申請及び決定の方法、不支給の決定については行政不服審査法に基づく審査請求ができる旨教示すること等について、詳細に規定している。
4 以上によれば、本件各助成金の支給について、交付申請に対して行政庁が交付決定するという手続及び右決定に対する不服申立手続が設けられているが、これらの手続は、いずれも要領によるものであること、前記法律には規則等に対して、国民に本件各助成金の給付を受け得る地位あるいは権利を付与することを予定して、その手続等を委任する趣旨の規定はないことが認められる。これらの点を総合すると、右規則は、右事業の担当行政庁として、内部的に事業の内容を定めたにすぎないものというべきであり、また、要領は、右規則の規定を受けて、各助成金の支給が適正に行われるように、事務を執行する上での内部的手続の細則を定めたにすぎないものというべきである。したがって、右規則や要領によって、本件各助成金の受給資格決定及び支給決定に処分性が付与されるものではないと解するのが相当である。
5 以上より、原告の本件各訴えは、行訴法三条二項にいう処分に当たらないものの取消しを求めるものであって、不適法というべきである。
二 よって、原告の本件各訴えは不適法であるからこれらを却下し、訴訟費用について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 江口寛志 井上秀雄 森純子)